1.概要
1970〜1975(昭和45〜50)年頃にかけて廃止された不採算路線のひとつ。
もともと宝塚〜有馬間に路線をもっていた宝塚有馬自動車が1928(昭和3)年6月28日に伊丹地区への進出として、阪急宝塚〜姥茶屋〜阪急伊丹〜伊丹植松(大鹿線)の免許を取得したのがこの路線の始まり(同年8月29日運行開始)である。伊丹地区への進出は、阪急電鉄における沿線開発や、阪急伊丹支線(伊丹〜宝塚、塚口〜尼)や能勢電(能勢口・伊丹)といった延長免許を取得したが実現できずにいた未成線や、宝塚尼崎電鉄による尼宝線の運行など、鉄道企業家の進出計画に対応するため、この宝塚・伊丹間のほかに、伊丹・川西呉服橋(現在の尼崎線、伊丹以北に相当)などの申請を行うなど、阪急・能勢電の計画線の代行輸送機関の役割を果たしながら、阪急沿線の路線拡充を行っていった。1939(昭和14)年9月、現・阪急バスは宝塚有馬自動車を吸収合併した。
後に大東亜戦争下での燃料統制により休止するが、終戦後の1954(昭和29)年4月に米谷・昆陽間の5.9kmを新規延長し、また、中野・伊丹系統を廃止し、伊丹〜宝塚系統として運行を再開した。
1971(昭和46)年1月28日、伊丹宝塚線(阪急伊丹〜阪急宝塚系統)の廃止に伴い、昆陽札場の辻〜清荒神道間の5.85kmを廃止し、代替輸送として空港宝塚線の運行を開始した。
なお、空港宝塚線はその後宝塚・空港線と名称を変更し、朝と夕の1日2往復(1987年10月1日改正時)運行していたが、1995年1月に発生した兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)に伴う道路渋滞で定時運行ができなくったことから運行を休止した。4年後の1999年7月22日からは8月末までの夏休み期間限定で運行本数を増やし、その後翌年3月末まで臨時運行した後、2000年4月1日からは定期運行が開始された。
『全国バス路線便覧(昭和39年度版)』によれば、運行内容は次の通りである。(225)阪急伊丹〜安倉〜宝塚系統、距離9.2km、運賃30円、往路は始発7:00〜終発18:55、復路は始発7:40〜終発19:35、所要時間35分、5往復。
当時の路線地図をgoogle mapにあげた。ルートは伊丹市昆陽札場ノ辻から兵庫県道142号(米谷昆陽尼崎線)にほぼ沿う形で宝塚市清荒神まで北上し、国道176号旧道から宝塚へと至るものであった。当時の停留所は、宝塚・歌劇場前・宝楽町・清荒神道・米谷・小浜・安倉・姥茶屋・中野・玉田橋◎・中野南口◎・住友北◎・住友前◎・昆陽札場の辻・千僧口・阪急伊丹(中野〜昆陽札場の辻間、◎印の停留所は市バス停留所の可能性もあり)。
2.現況
阪急電鉄が伊丹線を宝塚への7.2kmを延伸するべく軌道特許を1924(昭和49)年5月19日に取得するも、2005年2月23日に工事施工認可を取り下げ、特許は失効した。
伊丹宝塚線の路線廃止後、中国道の開通をはじめ、区画整理が実施され、小浜〜姥茶屋間などでは当時のルートを走行することは不可能になった。
後に阪北線梅田・宝塚系統の廃止されたことで、宝楽町〜清荒神道間の路線免許も廃止されており、同区間にはバス路線は存在しなくなった。宝塚〜小浜〜安倉間の沿線沿いには、国道176号バイパスを経由する阪急バス(空港宝塚線など)・阪神バス(宝塚〜尼崎系統など)路線が運行している。安倉〜姥茶屋間については、宝塚市内線[82][83]阪急逆瀬川〜中野住宅前系統が運行されており、旧姥茶屋停留所付近には安倉下ノ池・宝塚安倉団地停留所が設置されている。安倉以南については、安倉〜中野の宝塚・伊丹市境を経由するバス路線はなく、兵庫県道42号を経由する阪神バス、伊丹市内を走る伊丹市バスを利用することになる。
参考:阪急バス50年史、全国バス路線便覧(昭和39年度版)、1966年番京阪神市街地図帳