PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

空港線

(1)概要(wiki)

(2)路線の変遷
2.1 1964年頃
 このころ空港線は「大阪国際空港〜豊中〜曽根東〜服部緑地」が基本系統となっていた。(1960.7.21~) 空港に接続する系統としては、朝夕ラッシュ時に蛍池または豊中を、昼間時には服部緑地を発着点として運行していた。
senri-air.jpg
2.2 1987年頃
 大阪万博を機に、1970年3月に中央環状線の中国吹田〜中国豊中IC間が開通。また千里ニュータウンから大阪市内へ直結する北急線・地下鉄線などの開通、そして千里ニュータウンの発展も手伝って、1970.12.25からは、この開通したばかりの中央環状線を経由した、千里空港線を開設した。
 また、昭和50年代に、服部緑地へと走っていた従来の空港線系統は、豊中市南部(庄内・日出町方面)や新大阪(1990.4.2に延伸)へ向かう系統に変更。服部緑地方面については阪急曽根〜服部緑地系統として運行していた。
 senri-air02.jpg
2.3 廃止まで
 吹田の阪大本部へ延伸。また廃止の間、併走する大阪モノレールの部分開通や関西空港開港により全盛期より本数が削減、「ドル箱路線」としての陰りが見えてくる。
senri-air03.jpg
2.4 現在
 廃止直後、中央環状を走る系統は、豊中〜上野口〜千里中央、千里中央〜阪大の2系統のみとなり、空港線のような千里・豊中・空港間を東西に横断する系統は無くなった。これにより蛍池〜柴原間が純休止区間となるも、休止から半年以上経った11月に柴原に豊中市立病院が移転、これにより休止区間自体は無くなったものの、停留所としては柴原公園前が復活せずに休止されたままとなった。
 senri-air04.jpg

廃止停留所:柴原公園前

| 空港線 | 02:52 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT