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大阪市内第二次乗り入れ区間

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 阪急、京阪を始めとした私鉄郊外バス5社は都心と郊外部を直結した路線延長を計るべく、1949(昭和24)年12月に共同して免許の申請を行った。この乗り入れは、5私鉄の都心部延長が認められない代行輸送として、バスによる乗り入れを要望する各社の動きが背後にあった。
 阪急バスでは十三〜難波間、淀屋橋経由天満橋間の路線延長を申請を行うなどしたが、大阪市の反対に合い、協議の結果、市中心部に新たにバスセンターを設置、そこまでの乗り入れが認められた(大阪市第二次乗入れ)。また、1952(昭和27)年9月には「大阪市における無軌条電車の特許及びバスセンター乗入れに伴うバスの免許に関する裁定」により、現在の大阪市中央区内本町2丁目にバスセンターを設置、および市内乗り入れ区間の設定などが行われた。また、さらに大阪市との間で運輸省の裁定に基づき運輸協定に関する協議を重ねた。

大阪市における無軌条電車の特許及びバスセンター乗入れに伴うバスの免許に関する裁定(阪急バス関係のみ抜粋、一部訳)
1.略
2.バス・センターへの乗り入れに関する事項
 1.大阪市内における現行の運輸協定に基づく乗り入れ、及びバス・センターへの乗り入れは、すべて路線の経営免許として取り扱う
 2.バスセンターおよび折返し地点の位置
  バスセンター 大阪市東区内本町2丁目
  折返し地点  大阪市東区本町4丁目
 3.現行の乗り入れ協定に基づく終点からバスセンターに至る路線
  1.阪急バス
    イ.梅田、肥後橋、信濃橋、本町4丁目、内本町2丁目
    ロ.天神橋筋6丁目、南森町、天神橋、内本町2丁目、本町4丁目
3.運輸協定に関する事項
 この運輸協定は特許および免許申請に伴うものだから、現行の乗り入れ協定とは性質を異にする。従って特許および免許申請に付帯する運輸協定は、現行の乗り入れの終点までの運行系統+新たなBCまでの運行系統とを取りまとめた新規のものを提出すること。
 1.内容の区分
  1.現行の乗り入れの終点までに関する事項
  2.BCへの乗り入れに関する事項
  3.将来市が無軌条電車運輸を始めるときの無軌条電車運行回数・同区間に関連するバス事業計画に関する事項
 2.前項に関する措置
  1.現行の協定緒の内容中、停留所の数等についてこの際当事者の合意により、これを変更することは構わない。ただしこの運輸協定は現行の折り返し系統に限るものであるからBCへの乗り入れに関する事項を拘束しない
  2.別紙1による
  3.梅田・加島間について
   イ.ロ.無軌条電車運行回数は申請どおり120往復として、現行の市バスの運行は無軌条電車運行開始により必要なくなるから廃止する。
   ハ.阪急バスの運行回数は150往復とする。


 その結果、この運輸省の裁定による協定に関する協議を重ねた結果、大阪市から次のような合意を得ることが出来た。
  (1)運行協定区間は、神崎橋・内本町2丁目間、上新庄・本町4丁目間とする。
  (2)運行回数は服部以遠梅田間を1日64往復、箕面・池田以遠内本町2丁目間を1日36往復、吹田以遠天神橋筋6丁目間を1日60往復以内、および高槻以遠〜本町4丁目間を1日36往復、ならびに市の神崎橋・天満橋間の無軌条電車の運行開始に伴い同区間1日120往復に対して、阪急バスの神崎橋以遠〜梅田間は1日150往復にする。
の運行を行う。
  (3)運賃は阪急バス・市ともに同額とする。
  (4)バスセンターに乗入れる系統は、阪北線は十三、京都急行線は長柄橋南詰からの相互発着旅客を取り扱わないクローズド・ドア制とする。

といった運輸協定が整い、1952(昭和27)年12月に第一次乗り入れ〜内本町2丁目バスセンター間の路線免許を得て、1953(昭和28)年8月、バスセンターの完成を待って、都心〜郊外直結バスの運行が始まった。
 ここで、阪北線は池田以遠の系統、京都市役所を起点とする京都急行線を開業。阪丹線については、神崎橋の棟梁工事と、道路拡張工事の完了をまって、伊丹以遠地域とバスセンターを直結する計画をしようとするが、昭和29年、伊丹昆陽の里、伊丹総監部と梅田間の系統設定に留まり、バスセンターへの乗り入れは実現しなかった。
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2.廃止まで 京都急行線関連についてはこちら
<阪北線の場合>
 S28.8、大阪市内第二次乗り入れの実施により、阪北直通系統として、池田・宝塚・妙見山上〜大阪内本町BC巻の直通運転を始めた。その輸送目的は、京都急行線と同様のものであり、阪急バスの基幹路線として発達していくことになる。
 S30後半のモータリゼーション化によって、輸送需要は減少・不採算路線に変わり、とりわけ大阪市内中心部への直通旅客の減少は著しく、京都急行線に続いて、S42.12に、内本町2BC〜池田系統36往復を6往復に大幅削減し、阪急梅田までの乗り入れを主力とした。
 またこれにあわせ、関連路線である阪北ローカル、豊中市内、庄本の各線についても、運行系統・回数修正、ワンマン化などの合理化を図った。
<第二次乗り入れ区間の廃止>
 阪北線、京都急行線の大阪市内直通旅客の減少は甚だしいもので、大阪市内におけるクローズド・ドア制や、経路等の制約から、1運行あたり平均5人程度と慘憺たる結果となり本来の輸送目的の意義が失われ、S45.1,阪北線梅田〜内本町2丁目間の路線を廃止、梅田〜池田系統に変更した。
 京都急行線も、天六・内本町2間を廃し、国鉄吹田駅前までの、阪急水無瀬〜国鉄吹田駅前系統とした。また、日祝のみ運行していた、名神高速経由河原町御池・本町4サブセンター間直通系統も廃止した。
 阪北線・梅田〜内本町2間の4.4km、京都急行線・天六〜内本町2、東寺南門〜名神高速〜茨木IC間の26.7kmを廃止(1969.12.26許可、1970.1.10実施)

停留所
内本町2丁目 バスセンター

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本町4丁目サブセンター
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1.郊外〜都心バスの誕生に向けて

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